ロンドンの個人事業主の徒然な日記

葉っぱ男の話 The story of leaf man

葉っぱ男の話 The story of leaf man

 

深刻な事態にも関わらず、誰もが自らの保身のみを図り、行動を起こすことなく、時間だけが無為に去る。

その状態が事態を悪化させ、真相を公表するどころか、事態を収拾するタイミングも完全に失せる。そんな恐怖の事態に密室で巻き込まれた。

あれはロンドンオリンピックの始まる夏のうねりであった。

 

 

  • 英国での不動産屋の仕事
  • 電車の中のカッコイイ男
  • 高校生の3人

 

英国での不動産屋の仕事

不動産コンサルタントの仕事は物件の紹介だけでなく、その他多岐にわたり、移動は通常車で行う。

その日の午後は午後5時からロンドンピカデリーサーカスでお客様のご入居の立会いの予定だった。

夕方の道が混む時間帯、さらに場所がウェストエンドのど真ん中の繁華街となると渋滞は必至。

もし仮にうまく時間どおりに到着したとしても、路駐が難しいエリアである。

そのため私は普段とは異なり、移動は公共の交通機関を使った方が良いと判断し、ノッティングヒルゲートの駅前で路線図を見ながら、乗り換えの駅を確認した。

夕方の地下鉄は比較的空いていた。

中心部に向かう電車で、この時間帯だったので、ビジネスマンは少なく、下校時の家族連れが多い。幸いにも席に座れたので本を読もうと、読みかけのページをめくったところ、視界に異物が入った。

 

 

電車の中のカッコイイ男

コントのような、二度見をしまった。

顔を見上げると私の目の前に随分とめかしこんだ男性が座っていた。

いつもは読書に集中する私なので、周りの人のファッションやら顔つきやらを気にすることなどなかった。

しかしなかなかきまっているその格好に読書の手を止めざるを得なかった。

マスタード色のスェードパンツに白のポロシャツを合わせ、紺のジャケットがそのカジュアルさを引き締めている。

しばらくぶりの友人にでも会うのか、いやそんなわけはなかった。

彼女に会うためだ。髪もジェルでしっかり固められ、ピカピカに光って濡れている。

おしゃれな雑誌のモデルとは言わないまでも、新聞に入っている安いバーゲンの洋服の広告には出られそうな出で立ちである。

 

そのととのえられた髪の額より少し、上のところに、けっこう大きめな葉っぱがなぜかうまいこと挟まっていた。

恐らくジェルの作用もあろう。葉っぱはかなりガッチリと、髪の中に半分くらいめり込んでいる。簡単には落ちそうにない。

しかしながらこのセントラルラインの狭い車両の中で、「頭に葉っぱが挟まってますよ」と耳打ちするぐらい私にとって造作もないことのように思えた。

が、それはこの秘密の共有者たちがいることに気づくまでの話だった。

ちょうどこの男性の左と右、そして向かい側、つまり私の左、真横にあたる席に、イギリス人の若い男子学生3人グループがバラバラに座っていた。

これからレスタースクエアに行って遊ぶのかもしれないし、ただの帰宅かもしれない。

葉っぱが挟まった男の左側の男子が「いい加減、葉っぱの事言おうぜ」と葉っぱ男をはさんで大声で会話をしている。

「おまえが言えよ。つうかなんで、こんだけ言ってるのにまったく気づかないんだ。」

 

高校生の3人

私はガクゼンとして、鳥肌が立った。

この葉っぱ関連の会話がしきん距離で大胆に行われ、葉っぱがめり込んだチョウホンニンが自分であると全く気づかない状態が一体いつから続いているのだろうか? ゾッとした。

電車は東のレイトンストンまで行くのはわかっていた。

しかしこの電車の始発が、ゾーン3のイーリングブロードウェイなのか、ゾーン6のウェストライスリップまでは確認していなかった。

まだこ始発がイーリングブロードウェイであれば、状況の回復は見込めた。というのも、葉っぱ男が無視され続けているのはせいぜい20分程度だからである。

まだ私が話しかけてもそんなに問題はなかろう。しかしながらこの状況がウェストライスリップから続いているのであれば、もう完全に手遅れだった。確実にキレられる。

なんで今まで言わなかったのかと。怒りは私だけではなく、周りで無視を続けた全員に被弾する。

 

そんな事を思っている中、私はこのイギリス人の学生3人の関係性がだんだんと見えてきた。どうやら私の真横に座っている子は向かい側の二人と比べると力関係が対等ではない。

もしかしたら年下なのかもしれないし、いじめられっ子なのかもしれない。

葉っぱ男の頭にその存在を指摘する役目は、半ば強制的にその子になった。もし私がそのひ弱な男の子の立場であったら、そんな大事な決断は国会の上下議員をどっちとも可決してから、決めてもらいたかった。

それが民主主義である。

 

 

その時である。誰も聞こえない声だったが、私が彼の横にいたから聞こえた。

このひ弱な子が私にしか聞こえないような声でボソッと呟いたのである。

「leaf me alone」

私は電車を降りた。乗り換えが必要だったためで、私の保身からではない。

私が芸人のツッコミであるならこういうだろう。

葉っぱは動詞じゃ使えねぇと。

お客様が待っていらっしゃる。早く行かねばならなかった。

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