英国家出事情 in 2018  Run away from home in UK 2018

 ロンドンに雪が降ったのは、2010年の冬以来だが,2008年は3月に降った。ウェストアクトンのクィーンズドライブでは桜も咲いていたのに。

 何があったか詳細なことは、その男は覚えていない。大したこともない些細なことだったと思う。嫁に腹がたって家を出たのかもしれない。突然頭に血が上がったのかもしれない。暖かいコートは着ていたが、財布は忘れて家を出た。

 時計は夜の8時をちょうど回っている。もう帰る家などないのだと男は思う。財布がないくらいで家の敷居を跨ぎなおす訳にはいかなかった。上空から雪がパラついていた。駅の近くにマクドナルドがある。夜なのに店の中は人でごった返している。タッチパネル式の精算機の前で、アップルウォッチで支払いが可能か初めて試してみた。それだけが支払いが出来る命ずなだった。充電は60パーセント程度。心もとない。白い息が出る。初めてのウォッチでの支払いで若干戸惑った。オーダーしたフラットホワイトを手に取り、地下に下りる。席を探したが観光客や、学生や、ロンドン大学病院から出てきた患者いっぱいだ。座るところがない。

 

 雪がさらに強くなる。トットナムコートロード沿いにソーホーに向かって歩いた。普段では気付かなかったが、ヒールズの家具やの前はアーケードになっており、雨風が若干しのげる。ホームレスたちが2人用のテントを立てて、就寝している。その年はブレクジットの影響か、特に路上生活者たちが増えたような気がしていた。どちらにしろこの男も家もない身だ。テントがある彼らのほうがまだ境遇としては上なのは、認めざるを得ない。銀行のカードぐらいあればと後悔する。

 10年前に就職活動をしたときに、集団面接があった。お題は無人島に一つだけ持っていけるとすればなにを持っていくかだった。当時若かりしその男は、クレジットカードを持っていくと答えた。僻地の東ヨーロッパで田舎でJCBが使えたことに感動した話をして面接は通過した。無人島にだってJCBの営業マンだったら、行っているはずだと熱弁した。無人島にはATMや無人のお店がないというのが話の前提ではなかったのか?

 日曜日のオックスフォードストリートの洋服店などは閉まっている。観光客用の土産物屋だけが空いている。男はお酒は飲めないし一人で入ることはほとんどないのだが、パブに入った。幸いにモニターにはサッカーの試合が映っていたが、プレミアリーグではなく、リーガの試合だった。レアル・マドリードとどこかの試合だった。かつてはドリブラーだった、ロナルドが今やピンポイントのダイレクトで決めるストライカーになって、絶好調の試合である。だからリーガはつまらないのだとその男はボヤいている。パンクIPAをハーフパイントでオーダーしたいのだが、ウォッチで支払いができるか不安だった。先に支払ってからIPAをついでもらった。レアルが六対三で勝ち、九時半を回っていた。MSLがライブで始まり、これまたつまらなくなくなりそうだった。かつてトットナムにいたデンプシーがレッドカードで退場になったところで、彼と共に男は店を出た。

 リージェントロードを北上すると見上げると、ランガムホテルの重厚な白壁と強くなる綿雪になっている。はす向かいにはBBCがある。日曜日のテレビ局は静かだ。入口の前の石畳には各国の都市の名前が書いてあった。数百とある都市の床板から、その男は「東京」でも探そうと思った。カルカッタ、ヨハネスブルク、クエート、カトマンズ、バンコク、メルボルン。男はとうとう東京は見つけることが出来ないでいた。BBCの入り口にはにはジョージ・オーウェルの銅像がある。そこにはこう書かれてあった。「自由が何かを表しているとすれば、それは人に聞きたくないことを聞かせる権利のことである」と。

 ウォッチをみるとメッセージが入っていて、嫁から娘がやっと寝付いたとメッセージが入っていた。メールが入っていた。夜10時。家の前にいた。家では嫁が起きていた。娘が男のベットの上で寝ていた。シャワーを浴びて、スマホを開けるとビットコインがレートが若干右肩上がりになっていた。 

 この物語はフィクションでり、実在の人物や団体などとは一切関係がありません。

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