イギリス料理の代名詞 Signature food in UK

日本に嫁と旅行に行ったとき、イギリス人の彼女はふとつぶやくように言った。どこにいっても日本ではイギリス料理が食べれてよかったわと。なんのこっちゃチンプンカンプンである。イギリス料理というと例のフィッシュアンドチップスなんて頭に描いているから、日本でそんなものどこにもないぞと思ってしまった。原因はホテルの朝食で洋食を選ぶと出てくる、目玉焼き、スクランブルエッグ、ベーコン、パン等とコンビニ等で売ってっているサンドイッチのことだ。それをイギリス料理だなどと言えてしまう程、言うほど、加工していないではないかと思ってしまう。


 しかしながらだ。サンドイッチはその名前が示す通り、イギリスの第四代サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューの名前からとられ、彼が発明したとされている。一七一八年に生まれ、十歳でサンドイッチ伯爵の称号をついだ。彼がサンドイッチを発明した説は何通りかあるようだ。だが一番有力とされるのは、彼がギャンブル好きのため、長時間続く賭け事に夢中なあまり、食事でギャンブルを中断するのを嫌い、トランプを続けながら食べられるように、肉を二切れのパンに挟んで持ってきてくれと注文したということから始まったとされる。ほかのギャンブラーたちもこれは名案だと思い、「サンドイッチと同じ奴」というのが縮まってサンドイッチになった。ちなみに日本人の海外旅行の定番とされるハワイは十九世紀終わりまでサンドイッチ諸島という名前がついており、トーマス・クック船長が現在のハワイを発見した際、実はこのギャンブル好きの伯爵がパトロンだったためである。


 この話を聞いて思い出したのが大学の友人が話してくれた「衣笠ラーメン」のことだ。彼は大学の教職実習のために母校に戻った際にまだあったので驚いたという。このラーメンは別に彼の田舎の名産ではない。ただ彼の母校、高校の食堂にあるメニューである。当時学校の食堂にラーメンがなかった。それで当時の生徒会長が食堂に依頼して作ったメニューがラーメンだった。全くほかに当時問題がなく平和な時代だったのだ。ちなみにその生徒会長の名前は衣笠ではなく、森君だった。衣笠君は副会長だった。ラーメンの試食販売発足後、衣笠君は受験勉強、生徒会、しかも彼はサッカー部だったので忙しかったのだ。彼は折角出来たメニューのラーメン促進のため、もちろん食堂では毎日のようにラーメンを頼んだが、彼はあいにく異常なくらいな猫舌だった。そのためトッピングに二つの冷たい納豆と生卵を頼んで、それを小皿で混ぜて、アツアツのラーメンに少しでも冷まそうとしてぶっかけて食べた。彼は熱くなくなったラーメンを五分で食べその後の昼食の休憩を勉強等に使っていたのだ。それがたちまち流行って衣笠ラーメンと名付けられたのだ。ちなみにメニューにはないが、衣笠うどん、そば、牛丼など頼めば当時は出てきたと言う。

 現在のロンドンでよく昼食に食べるサンドイッチといえば、プレタ・マンジェがその一つである。名前がフランス語なのでイギリスのチェーンではないように思われがちだが、ちなみに一号店は八十四年にハムステッドの商店街からはじまった。ちなみに意味はready to eatである。現在の対抗会社であるEAT.は九十六年にチャリングクロスで発足している。対抗会社とは言いながらも、EAT.といえばサンドイッチではなく、スープのイメージが強い。スープを頼む前に試食させてくれるのもありがたい。一方プレッツ(プレタ・マンジェ)というとやはりサンドイッチだ。とくに私が好きなのはマチュアーチェダーアンドプレツピックルだ。お漬物とチーズのコンビネーションが絶妙である。プレッツのミソスープはイマイチである。


 私の直の上司はイギリス人なのだが、彼は昼食時パンにハムとかロケットとかをいれてそれだけを毎日のように食べている。当時マックス・ヴェバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読み返していたせいもあり、これはプロテスタント的なイギリス人精神を学ぶための修行であり、またさらに昼に安上がでお金が貯まれば、ありがたいと思い私も真似をしてみようと思ったのだが、一週間もしないうちに挫折してしまった。

 

 ああ、バリエーションの大切さ、食の尊さ。舌がなにか他のものを欲している。もし日本食、中華と韓国料理が世界からなくなたとして、毎日何かを食べ続けなければならないという状況にいたった場合、私ならスペイン料理、またはイタリア料理を選ぶ。間違ってもイギリス料理ではないような気がする。カレーライスなら毎日食べられる。牛丼もありだが、もし本当に一食だけと縛りでであれば、松屋のカレー牛にしたい。

 

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