山田さんロンドンで借りているオフィスですが、思ったよりオフィスのスペースがあるので、関係会社に席を貸してあげようと思っています。大丈夫ですかね。
商業用不動産の実務において、テナントがリース期間中に物件を退去したり、余剰スペースを他者に貸し出したりするケースは頻繁に発生します。
イギリスの法律および実務では、こうした権利の移転や共有を総称してAlienation(譲渡・転貸)と呼びます。
今回は、家主とテナントの間で最も重要な交渉ポイントの一つとなるAlienation条項について、その法的背景、種類、そして1995年の法改正による劇的な変化について詳しく解説していきます。
Alienation(譲渡・転貸)とは何か


商業用リースの世界では、契約期間中にテナントのビジネス環境が変化することは避けられません。事業が拡大して手狭になったり、逆に縮小を余儀なくされたりした場合、テナントは現在のリースから抜け出す方法を模索します。
このとき重要になるのが、譲渡(Assignment)と転貸(Subletting)の権利です。
譲渡(Assignment)
リースの権利と義務(利益と負担)のすべてを第三者に移転することです。基本的にテナント自体が入れ替わります。
転貸(Subletting / Underletting)
現在のテナントが家主との契約を維持したまま、第三者に対して新たなリース(転貸借契約)を設定し、物件を使用させることです。
ほとんどの商業用リースには、家主の許可なくこれらを勝手に行うことを禁止する条項が含まれています。家主にとって、誰が自分の物件を使用するか、そしてその人物が賃料を支払える能力があるかどうかを管理することは極めて重要だからです。
譲渡と転貸の決定的な違い


実務上、譲渡と転貸は全く異なる法的性質を持ちます。
譲渡(Assignment)の場合、既存のリース契約そのものが新しいテナントに引き継がれます。
一方、転貸(Subletting)の場合は、既存のテナント(転貸人)と新しい入居者(転借人: undertentant)との間で新しい契約が結ばれます。つまり、家主と転借人の間には直接の契約関係は発生しません。
また、物件の「一部」のみを譲渡することは通常禁止されていますが、物件の「全体」の譲渡については、家主の同意を条件として許可されるのが一般的です。
誓約(Covenant)の3つの種類


リース契約書において、譲渡や転貸を制限する条項(誓約)は、その厳格さによって大きく3つに分類されます。
絶対的誓約(Absolute Covenant)
テナントによる譲渡や転貸を一切禁止するものです。19世紀や20世紀初頭には一般的でしたが、現在ではあまり見られません。ただし、物件の「一部」の譲渡に関しては、管理が複雑になるため、現在でも絶対的に禁止されることがよくあります。
制限付き誓約(Qualified Covenant)
テナントは家主の同意を得れば譲渡や転貸ができるとするものです。
完全制限付き誓約(Fully Qualified Covenant)
これが最も現代的で一般的な形式です。テナントは家主の同意を得る必要がありますが、家主はその同意を不合理に留保してはならない(unreasonably withheld)という条件が付きます。
合理的な同意とは?


1927年家主テナント法および1988年家主テナント法により、家主はテナントからの譲渡申請に対して、不合理に同意を拒否したり、回答を遅らせたりしてはならないと定められています。
過去の判例(Dong Bang Minerva (UK) Ltd v Davina Ltd)では、家主は申請の詳細を受け取ってから28日以内に回答すべきであるという基準が示されました。もし家主が不当に時間をかけ、その結果テナントに損害が生じた場合、家主は損害賠償を請求される可能性があります。
また、家主が同意を拒否する場合、その理由は家主とテナントの関係性に関連したものでなければなりません。人種、性別、国籍などを理由とした拒否は、差別禁止法(2010年平等法)により自動的に不合理とみなされます。
リース期間の変遷とテナントのニーズ


1970年代から90年代にかけては、20年から25年という長期のリース契約が一般的でした。このような長期契約では、途中で退去するための譲渡権がテナントにとって死活問題でした。
しかし、2000年代以降、特に2008年の金融危機や近年のCOVID-19の影響を経て、平均的なリース期間は大幅に短縮されました。現在では3年から5年のリースが主流となっています。期間が短くなったとはいえ、ビジネス環境の急激な変化に対応するため、譲渡や転貸の権利は依然として重要な意味を持っています。
歴史的転換点:1995年法とAGA(公認保証協定)


イギリスの不動産法において最も重要な転換点の一つが、1995年家主テナント(誓約)法の施行です。これにより、テナントの責任範囲が劇的に変わりました。
1995年以前の契約関係(Privity of Contract)
この法律ができる前は、オリジナルのテナントは、リースを他者に譲渡した後であっても、契約期間が終了するまでずっと責任を負い続けるという契約関係の原則がありました。たとえ自分が退去してから20年後に、見ず知らずの新しいテナントが賃料を滞納したとしても、元のテナントが支払いを請求されるリスクがあったのです。
1995年以降の新しいルールとAGA
1996年1月1日以降に締結された新しいリースでは、テナントがリースを譲渡した時点で、その責任は終了するというのが原則となりました。
しかし、これでは家主のリスクが高すぎるため、家主は譲渡するテナントに対して公認保証協定(Authorised Guarantee Agreement:AGA)への署名を求めることができるようになりました。
AGAとは、譲渡するテナントが、次の新しいテナント(譲受人)の保証人になるという合意です。重要なのは、この保証責任は「次の譲渡」が行われるまでしか続かないという点です。新しいテナントがさらに別の誰かにリースを譲渡すれば、元のテナントのAGAによる責任は消滅します。
転貸(Subletting)


譲渡の代替手段である転貸についても触れておきましょう。転貸では、メインの家主(ヘッドランドロード)、現在のテナント(転貸人)、そして新しい入居者(転借人)という三者関係が生まれます。
転貸の構造
• ヘッドランドロードと転借人の間には契約関係はありません。
• 転借契約(Underlease)の内容は、通常ヘッドリース(元の契約)の内容を反映したものになります。
• 転貸の期間は、ヘッドリースの期間よりもわずかに短く設定されます(例:数日短くするなど)。
転貸の条件
家主が転貸に同意する際、いくつかの前提条件を課すことが一般的です。
• 市場賃料(Open Market Rent)を下回らない賃料で貸し出すこと。
• 権利金(Premium)の授受を行わないこと。
• 1954年家主テナント法の「保有権の保障」を除外すること。
特に「市場賃料以上での転貸」という条件は、不動産市況が悪化している場合、テナントにとって大きな障壁となることがあります。
プレミアムについて


Premium(プレミアム)とは 商業用不動産の文脈において「Premium」とは、リースの付与や移転に際して支払われる「権利金」や「一時金」のことを指します。
転貸(Subletting)における扱い この言葉は、特に転貸(Subletting)を許可する際の「前提条件(Preconditions)」としてよく目にするものです。資料では、家主が転貸を許可する条件として、以下のような規定を設けることが一般的であると説明されています。
転貸借(sublease)の付与に対して、Premium(権利金)を支払ったり受け取ったりしてはならない
なぜ禁止されるのか? 資料には、Premiumの授受を禁止する理由として、それが「市場賃料(market rent)に影響を与えるため」です。
通常、テナントが転借人からPremium(一時金)を受け取る場合、その対価として毎月の賃料を市場価格より安く設定するなどの調整が行われることがあります。しかし、家主は転貸借が「公開市場賃料(open market rent)を下回らない条件」で付与されることを望みます。Premiumの授受によって見かけ上の賃料が下がると、物件の賃料実績(証拠)が歪められ、将来の賃料評価に悪影響を及ぼす可能性があるため、これを禁止する条項が設けられます。



イギリスの商業物件の賃貸の物件を探すと現在のテナントから居抜きで渡すので、キッチンの道具などを買って欲しいと、Premiumの支払いを求められますが、これは転貸ではなく、譲渡なのですか。
広告で「Premium(プレミアム)」の支払いを求められている=自動的に転貸(subletting)ではなく譲渡(assignment)と断定はできません。
UKの商業賃貸で premium は、賃料(rent)とは別に発生する一時金(capital sum / consideration)」を広く指し、新規賃貸(grant)でも 既存リースの譲渡(assignment)でも出てきます。HMRCも premium を「利害関係(interest)を作るときに払う一時金」と定義しています。
Premium が出てくる典型パターン(どれかを見極める)
パターンA:新規リース(Grant of a new lease)で、大家にプレミアムを払う
- いわゆる「賃料を低めにする代わりに、最初に一時金を払う」などで発生します。
- HMRC上は、「リースの設定(grant)に伴う premium」という扱いになります。
パターンB:既存リースの譲渡(Assignment of lease)で、出ていくテナントにプレミアムを払う(=実務上かなり多い)
- これは「転貸」ではなく、テナントの地位(leasehold interest)を第三者に移転する取引です。
- HMRCもリースの売買(sale/assignment)で支払われる capital sum(対価)を premium と区別して説明しています(税務上の論点が変わるため)。
- 実務では「goodwill(営業権)」や「内装・設備」「立地優位」「残存期間」「賃料が相場より有利」などの価値が premium に乗ることがあります。
パターンC:転貸(Subletting / Underletting)なのに “premium” と書かれているケース
- 転貸自体は「元のテナントが残り、下にサブテナントをぶら下げる」構造です。
- ただし転貸では通常、支払いは「サブテナント→元テナントへ賃料(subrent)」が中心で、広告上 “premium” と強調される主流ケースは(B)の譲渡の方が多い印象です(一般論で、個別案件で要確認)。
パターンD:逆プレミアム(Reverse premium)=大家が入居を促すために払う
これは「借り手が払う premium」とは逆で、貸主が借主に一時金を払う形です。空室対策で商業では普通にあり得ます。
Premium がある=転貸ではない/譲渡だとは断定できません。
ただし、パターンBの可能性が非常に高いです。
イギリス商業物件 譲渡と転貸(Alienation)まとめ


イギリスの商業用不動産契約において、Alienation(譲渡・転貸)条項は非常に専門的かつ重要な分野です。
• 誓約の種類: 絶対的禁止から完全制限付き(不合理な拒否の禁止)まで様々です。
• 責任の範囲: 1995年法により、テナントの責任は原則として譲渡とともに終了しますが、AGAを通じて次のテナントの履行を保証する義務が残ることが一般的です。
• 家主の義務: 譲渡申請に対しては、合理的な期間内(通常28日以内)に回答する必要があります。
不動産エージェントや投資家は、リース契約書に書かれているこれらの条項が、将来のビジネスの柔軟性にどう影響するかを正確に理解しておく必要があります。古いリース(1995年以前)と新しいリースで適用されるルールが根本的に異なる点も忘れてはなりません。
理解度確認クイズ(全10問)


ここまでの内容に基づき、理解度を確認する4択クイズを作成しました。チェックしてみましょう。
Q1. 商業用不動産において「Alienation」とは何を指す総称ですか?
- A. 物件の改装と修繕
- B. 賃料の増額と減額
- C. 譲渡(Assignment)と転貸(Subletting)
- D. 契約の解除と更新
Q2. 「譲渡(Assignment)」の説明として正しいものはどれですか?
- A. 家主との契約を維持したまま、第三者に物件を貸すこと
- B. リースの利益と負担のすべてを第三者に移転すること
- C. 物件の一部のみを期間限定で使用させること
- D. 家主が物件を売却すること
Q3. 「完全制限付き誓約(Fully qualified covenant)」において、家主が負う義務はどれですか?
- A. いかなる場合も同意してはならない
- B. 常に無条件で同意しなければならない
- C. 同意を不合理に留保してはならない
- D. 独自の判断で自由に拒否できる
Q4. 判例に基づき、家主が譲渡の申請に対して回答すべき「合理的な期間」の目安は何日とされていますか?
- A. 7日以内
- B. 14日以内
- C. 28日以内
- D. 60日以内
Q5. 1995年家主テナント(誓約)法が導入される前、オリジナルのテナントが負っていた責任(Privity of Contract)はどのようなものでしたか?
- A. リースを譲渡した時点で全ての責任がなくなる
- B. 最初の5年間のみ責任を負う
- C. リース期間全体を通じて、譲渡後も責任を負い続ける
- D. 次のテナントが譲渡するまで責任を負う
Q6. AGA(公認保証協定)の主な目的は何ですか?
- A. 家主が賃料を自由に値上げできるようにする
- B. 退出するテナントに入ってくるテナントの履行を保証させる
- C. テナントが自由に改装工事を行えるようにする
- D. リース期間を自動的に延長する
Q7. AGAの下で、退出したテナント(T1)の責任が完全に消滅するのはいつですか?
- A. T1が退去した直後
- B. 新しいテナント(T2)がさらに次のテナント(T3)へリースを譲渡したとき
- C. リース契約期間が満了したとき
- D. 家主が物件を売却したとき
Q8. 転貸(Subletting)における契約関係について正しい記述はどれですか?
- A. ヘッドランドロードと転借人の間には直接の契約関係がある
- B. ヘッドランドロードと転借人の間には直接の契約関係はない
- C. 転借人はヘッドランドロードに直接賃料を支払う
- D. 元のテナントは契約関係から完全に離脱する
Q9. 転貸借契約(Underlease)の期間について、一般的なルールはどれですか?
- A. ヘッドリースよりも長く設定しなければならない
- B. ヘッドリースと同じ期間でなければならない
- C. ヘッドリースよりも短く(例えば数日短く)設定しなければならない
- D. 期間は自由に設定でき、ヘッドリースとは無関係である
Q10. 家主が譲渡への同意を拒否する場合、その理由として「不合理」とみなされる可能性が高いのはどれですか?
- A. 譲受人の支払い能力が著しく低い
- B. 譲受人が物件を違法な目的で使用する恐れがある
- C. 譲受人の人種や国籍に基づく理由
- D. 譲受人の照会先(リファレンス)が不十分である
クイズの解答
• Q1: C(譲渡と転貸)
• Q2: B(リースの利益と負担のすべてを第三者に移転すること)
• Q3: C(同意を不合理に留保してはならない)
• Q4: C(28日以内 – Dong Bang Minerva判決による)
• Q5: C(リース期間全体を通じて、譲渡後も責任を負い続ける)
• Q6: B(退出するテナントに入ってくるテナントの履行を保証させる)
• Q7: B(新しいテナントがさらに次のテナントへリースを譲渡したとき)
• Q8: B(ヘッドランドロードと転借人の間には直接の契約関係はない)
• Q9: C(ヘッドリースよりも短く設定しなければならない)
• Q10: C(譲受人の人種や国籍に基づく理由 – 2010年平等法により自動的に不合理とされる)









