山田さんイギリスの現地法人が、現四半期で、コストを使い過ぎました。次の四半期の収入は今月中に入ります。少しだけ家主への家賃の滞納をしてもいいですか?
英国商業不動産における賃料の正体と回収の最前線


英国で商業物件への投資や管理を検討する際、避けて通れないのがリース契約における金銭面の取り決めと、万が一のトラブルへの対処法です。日本の商習慣とは異なる点も多いため、大家とテナントの双方がその権利と義務を正しく理解しておく必要があります。今回は、商業リースにおける賃料の基本概念から、滞納が発生した場合の法的な解決策について詳しくお話しします。
賃料とは何か 金銭だけではない対価の形


私たちが賃料と聞くと、当然のように現金の支払いを思い浮かべます。しかし、英国の商業リースにおいて、賃料は必ずしも金銭的な支払いである必要はありません。契約の成立要素として、例えばペッパーコーン一粒のような名目的な物品であっても、法的には有効な賃料として認められることがあります。
とはいえ、一般的な商業テナントは金銭による支払い義務を負います。この支払いは通常、前払いが原則とされており、大家の税務上のステータスによっては付加価値税が加算される場合もあります。ここで興味深いのが支払いのタイミングです。英国には伝統的な支払日であるクォーターデイという概念が存在します。古いリース契約では、3月25日、6月24日、9月29日、12月25日という宗教的な祝日に合わせた特定の日付が設定されていました。しかし、現代の実務ではこれらが1月1日、4月1日、7月1日、10月1日という四半期の初日に変更されることが多くなり、さらに現在では月ごとの支払いを求める契約も一般的になっています。
ペッパーコーンレントの歴史的背景
中世〜近世のイングランドでは、胡椒や香辛料は非常に高価な輸入品でした。そのため、
- 「胡椒一粒」は
→ 価値のある象徴的対価
→ しかし地主に経済的負担はない
という、契約成立に最適な象徴だったのです。ただ実務上のそのようなことはなかったようです。
保険賃料という独自の仕組み


通常の賃料に加えて、多くの商業リース契約には保険賃料という項目が含まれています。これは大家が建物の保険契約を結び、その保険料相当額をテナントが大家に払い戻すという仕組みです。なぜテナントが直接保険に入らないのでしょうか。その理由は、大家が自らの投資資産である建物を確実に保護するためです。大家自身が保険を手配することで、補償内容をコントロールし、保険料未払いのリスクを回避することができます。
この際、テナント側は、その保険契約が万が一の損害や破壊によって物件が使用不能になった場合のリスクを十分にカバーしているか確認する必要があります。適切な条項があれば、修復期間中の賃料支払いが停止されたり、修復が長引いた場合にリースを早期解約できたりする権利が確保されます。
支払いが遅れた場合のペナルティと相殺の禁止


テナントの家賃支払いが遅れた場合、大家はペナルティとして利息を請求する権利を持つのが一般的です。その利率は通常、銀行の基準金利に4パーセント程度を上乗せしたもので、支払期日から実際の支払い完了日まで計算されます。
また、テナントがサービスチャージなどの内容に不満を持ち、その係争額を家賃から勝手に差し引いて支払うことを相殺と言いますが、これは多くの契約で厳しく制限されています。相殺はコモンロー上の救済措置として認められる場合がありますが、契約書に明示的な禁止条項があれば契約内容が優先されます。例えば、Connaught Restaurants Ltd対Indoor Leisure Ltdの判例などが示すように、適切な条項を作成することで、大家はテナントによる一方的な家賃減額を防ぐことができるのです。
家賃滞納への対処 大家が直面する選択


テナントが家賃を支払わない場合、大家にはいくつかの選択肢があります。主な手段としては、動産の差押え、契約違反に基づく損害賠償請求訴訟、そしてリースの没収つまり契約解除です。どの手段を選ぶかは、単なる法律論ではなく、資産管理上の重要な経営判断となります。市場が低迷しており新たなテナントを見つけるのが難しい場合、空室リスクや再募集のコストを抱えるよりも、支払いの悪いテナントであってもそのまま契約を継続させるほうが、最悪の事態を避けるための選択肢として優れている場合があるからです。
CRAR 商業家賃滞納回収の新たなスタンダード


かつて英国にはディストレスと呼ばれる、大家がテナントの物品を差し押さえて換金する慣習法上の権利がありましたが、これは現在、2007年裁判所・法廷・執行法に基づくCRARという法定手続きに置き換わっています。CRARはCommercial Rent Arrears Recoveryの略で、商業物件の大家がテナントの資産を管理下に置き、それを売却することで滞納家賃を回収できる制度です。
CRARを利用するためには厳格な条件があります。まず、テナントが家賃を滞納しており、その金額が確定的である必要があります。売上歩合家賃のように計算が不確定なものは対象外です。また、滞納額は最低でも7日分の家賃に相当しなければならず、対象となる物件は完全に商業目的で使用されていなければなりません。住居と店舗が混在しているような物件にはCRARは適用できないのです。
この手続きを実行できるのは、原則として大家ですが、一定の条件下では住宅ローン等の貸し手や裁判所が任命した管財人も利用可能です。ただし、回収できるのは元本となる家賃のみであり、保険料やサービスチャージの回収には使えない点に注意が必要です。
CRARの具体的なプロセスとルール
CRARの手続きは3つのステージで進行します。第1段階はコンプライアンスです。ここではテナントに対して、滞納がある旨と執行の意図を伝える7日間の通知を送付します。この期間中に支払いがなされれば執行は回避されます。第2段階は執行です。テナントが支払わない場合、認定執行代理人が物件に立ち入り、滞納額と執行費用に相当する価値の物品を管理下に置きます。そして第3段階が処分、つまり売却です。差し押さえた物品は通常オークションで売却されますが、売却の少なくとも7日前にはテナントに通知する必要があります。
執行代理人が立ち入りできる時間は、曜日にかかわらず午前6時から午後9時の間と定められています。また、すべての物品を差し押さえられるわけではありません。商売道具とみなされる資産については、総額1350ポンドまでは差し押さえが禁止されています。さらに、転借人や第三者が所有する資産も対象外です。売却によって得られた収益は未払い家賃とコストに充当され、余剰金があればテナントに返還されなければなりません。
このプロセスの注意点として、事前に7日間の通知を行うことで、テナントに資産を隠したり処分したりする時間を与えてしまうというデメリットがあります。執行代理人が到着したときには、めぼしい資産が何も残っていないという事態も起こり得るのです。
CRARと没収権の関係
大家がCRARを選択する場合、リースの没収権、つまり契約解除権を放棄したとみなされる可能性が高いことにも留意すべきです。没収権を行使するには、大家はテナントの違反を知った後に契約継続を認めるような行動をとってはなりません。CRARの手続きを開始することは、家賃の回収を求める行為であり、リース契約の存続を前提とするため、結果として即時の契約解除権を失うことにつながります。
その他の回収手段 法定請求書とデポジット


CRAR以外にも回収手段はあります。その一つが法定請求書です。これは会社の場合は750ポンド、個人の場合は5000ポンドを超える滞納がある場合に利用でき、送達後3週間以内に支払わないと、大家はテナントの清算や破産を申し立てることができます。比較的安価で強力なプレッシャーをかけられる手段ですが、テナント側に正当な異議申し立ての根拠がある場合は利用できません。
また、契約時に家賃デポジットを預かっている場合は、そこから滞納分を引き出すことも可能です。ただし、デポジットの額が滞納全額をカバーするのに不十分なケースも多く、引き出した後はテナントに補充を求める必要があります。最後の手段として裁判所での訴訟手続きがありますが、これは時間と費用がかかるため、多くの大家にとっては最も好ましくない選択肢とされています。
英国の商業不動産における家賃回収は、テナントとの関係性や市場環境、そして回収コストを天秤にかけた高度な判断が求められます。CRARのような強力な法的ツールも、その特性とリスクを正しく理解して初めて効果を発揮します。大家とテナントの双方がこうしたルールを熟知しておくことが、円滑な不動産取引とトラブル回避の鍵となるでしょう。
英国商業不動産 知識確認クイズ


問1. 英国の商業リースにおいて、法的に有効な「賃料」の説明として最も適切なものはどれですか?
- 必ず英ポンドの現金で支払われなければならない
- 金銭である必要はなく、ペッパーコーンのような物品でも認められる
- 常に小切手または銀行振込でなければならない
- 大家が指定した貴金属でなければならない
問2. 現代の商業リースで一般的になりつつある「新しいクォーターデイ(四半期支払日)」に含まれる日付はどれですか?
- 3月25日
- 6月24日
- 1月1日
- 12月25日
問3. 「保険賃料」に関する説明として正しいものはどれですか?
- テナントが自分で選んだ保険会社に直接支払う保険料のこと
- 大家が保険を手配し、その費用をテナントが大家に払い戻すもの
- テナントの売上補償のために大家が支払う手当のこと
- 建物の修繕積立金としてテナントが支払うもの
問4. 家賃の支払いが遅れた場合、大家が請求できる遅延損害金(ペナルティ金利)の利率は一般的にどの程度ですか?
- 銀行基準金利に4%を上乗せした率
- 銀行基準金利に10%を上乗せした率
- 固定で年率20%
- 英国国債の利回りと同じ率
問5. 商業家賃滞納回収(CRAR)を利用するための条件として誤っているものはどれですか?
- テナントが家賃を滞納していること
- リース契約が書面であること
- 物件が居住用と商業用の混合利用であること
- 滞納額が最低7日分の家賃に相当すること
問6. CRARの手続きにおいて、執行の意図を知らせる通知(コンプライアンス段階)は、最低何日前にテナントへ送る必要がありますか?
- 3日間
- 7日間
- 14日間
- 30日間
問7. 認定執行代理人がCRARに基づいて物件に立ち入りできる時間帯はいつですか?
- 平日の午前9時から午後5時まで
- 曜日にかかわらず午前6時から午後9時まで
- テナントの営業時間内に限る
- 24時間いつでも可能
問8. CRARによる差押えにおいて、「商売道具」とみなされる資産はいくらまで保護(差押え禁止)されますか?
- 500ポンドまで
- 1,000ポンドまで
- 1,350ポンドまで
- 制限なくすべて保護される
問9. CRARで差し押さえた物品を売却した後、未払い家賃とコストを差し引いて余剰金が出た場合、どうすべきですか?
- 大家の追加利益となる
- 慈善団体に寄付しなければならない
- 国庫に納付される
- テナントに返還しなければならない
問10. 大家がCRARの手続きを開始した場合、一般的にどのような法的影響が生じると考えられますか?
- 即座にテナントを退去させることができる
- リース契約の没収権(契約解除権)を放棄したとみなされる可能性が高い
- 家賃を倍額請求できるようになる
- テナントは破産手続きを開始しなければならない
クイズの解答
• 問1: 2
• 問2: 3
• 問3: 2
• 問4: 1
• 問5: 3
• 問6: 2
• 問7: 2
• 問8: 3
• 問9: 4
• 問10: 2









