あやかイギリスでレストランを経営してます。賃貸しているテナントは大家さんの言いなりで保護もなんもないのでしょうか。
英国でオフィスや店舗、倉庫などの商業物件を賃貸借する場合、最も重要な法律の一つがLandlord and Tenant Act 1954(1954年地主と借家入法)です。この法律は、事業を行うテナントに対して強力な権利を与えており、大家(Landlord)側にとっても、資産価値や運用戦略に直結する重要な要素となります。
本記事では、1954年法のパートIIに基づく「借家権の保障(Security of tenure)」を中心に、契約の更新、終了、そして立ち退きに関する複雑なルールを、重要な判例や具体的な手続きを交えて解説します。
1. Landlord and Tenant Act 1954がテナントに与える3つの主要な権利


まず、この法律がビジネス・テナントに与えている法的権利(Statutory rights)の全体像を把握しましょう。主に以下の3点が挙げられます。
1. 借家権の保障 (Security of tenure) 契約期間が満了しても自動的には追い出されず、原則として新しいリース契約を請求する権利があります。
2. 改良に対する補償 (Compensation for improvements) 改良工事に対する補償は、すべてのケースで自動的に認められるわけではなく、大家の同意や契約条件、別途適用される法律(例:Landlord and Tenant Act 1927)に依存する点には注意が必要です。
3. 妨害(立ち退き)に対する補償 (Compensation for disturbance) 大家の都合(再開発など)で契約更新を拒否された場合、立ち退き料を受け取る権利があります。
この法律の主目的は、事業用テナントが安心してビジネスを継続できるようにすることです。したがって、大家が契約更新を拒否できるのは、法律で定められた特定の反対理由を立証できた場合に限られます。
2. 法的保護を受けるための要件とは?


すべてのイギリスの商業賃貸借が保護されるわけではありません。第23条(1)に基づき、以下の3つの要件を満たす必要があります。
1. 施設の賃貸借契約があること (A lease of premises)
土地や建物が含まれている必要があります。例えば、競走馬の訓練場やテニスコートなども「施設」として認められた判例があります。
2. テナントによって占有されていること (Occupied by the tenant)
物理的にその場所を支配・管理している必要があります。
3. 事業の目的であること (For the purposes of a business)
取引、専門職、雇用、その他の活動が含まれます。
1954年法における『占有(Occupation)』とは何か|Graysim事件
「占有」の定義については、Graysim Holdings Ltd v P & O Property Holdings Ltd という重要な判例があります。このケースでは、マーケット全体のリースを持つテナントが、個々の屋台(ストール)を小売業者に転貸していました。テナントは共用部の管理などは行っていましたが、屋台自体を物理的に占有していたのは小売業者でした。裁判所は、テナント自身による物理的な占有がないとして、1954年法の保護を認めませんでした。
事業(Business)の定義と混合利用
「事業」の定義は広く、テニスクラブや病院運営なども含まれますが、日曜学校や個人的な趣味の範囲で行われる活動は含まれないことがあります。
また、店舗兼住宅のような混合利用(Mixed use)の場合、事業利用が「重要(Significant)」であれば、物件全体が1954年法の保護を受けます。一方で、医師が自宅でたまに患者を診る程度のように、事業利用が住居利用に「付随する(Incidental)」程度であれば、商業不動産法ではなく住宅法の適用となる可能性があります。
3. 借家権の保障を外す「コントラクテッド・アウト」


実務上非常に頻繁に行われるのが、この法的保護をあえて適用しない合意、いわゆるContracted out tenanciesです。
大家とテナントが合意すれば、1954年法の保護(第24条〜28条)を排除した契約を結ぶことができます。かつては裁判所の許可が必要でしたが、2003年の法改正以降は手続きが簡素化されました。大家は契約の14日前までに警告通知を出し、テナントは権利放棄を理解したという宣言書(Declaration)に署名することで、期間満了とともに確実に退去しなければならない契約を結ぶことが可能です。
4. 契約はいつ終わるのか?:継続賃貸借(Section 24)


1954年法の保護下にあるリース契約は、契約書に書かれた終了日(Contractual termination date)が来ても自動的には終了しません。これを継続賃貸借(Continuation tenancy)と呼びます。
Section 24(継続賃貸借の発生)
- 契約書に書かれた終了日(Contractual termination date)が来ても
→ 契約は自動終了しない - 法律上は「Continuation tenancy(継続賃貸借)」に移行する
- ここでは「通知」や「退去方法」は一切書いていない
Section 24は契約を勝手に「終わらない」という状態を作る条文です。
この状態を終わらせ、新しい契約を結ぶか、あるいは退去するためには、以下のいずれかのアクションが必要です。
- 大家からのアクション:第25条通知 (Section 25 notice)
- テナントからのアクション:第26条請求 (Section 26 request)
大家による終了手続き:第25条通知
大家が主導権を握る場合、Section 25 noticeを送達します。これには2種類あります。
- 非敵対的(Non-hostile): 「新しい契約条件(賃料など)を提案します」という通知。
- 敵対的(Hostile): 「更新を拒絶し、明渡しを求めます」という通知。この場合、後述する法定の反対理由を明記する必要があります。
この通知は、契約終了させたい日の6ヶ月から12ヶ月前に送達する必要があります。
テナントによる更新請求:第26条請求
テナント側から先手を打って「新しい契約を結びたい」と請求するのがSection 26 requestです。特に賃料相場が下がっている局面などでは、テナントから早く請求を出して賃料を下げた方が有利になる場合があります。
大家がこれに反対する場合、請求を受け取ってから2ヶ月以内に反対通知(Counter notice)を出し、反対理由を明示しなければなりません。これを怠ると、大家は更新を拒否する権利を失います。
テナントが単に退去したい場合
テナントが契約満了日に退去する場合、以前は通知が必要かどうか曖昧でしたが、Esselte AB v Pearl Assurance plc の判例により、満了日に退去するなら通知は不要とされました。ただし、満了日を過ぎて「継続賃貸借」に入ってしまった場合は、第27条(Section 27)に基づき、3ヶ月前の退去通知が必要となります。
大家が5年契約で、5年後に確実にテナントを退去させたい場合
契約終了日の12ヶ月前から6ヶ月前の間に、「敵対的(Hostile)」な第25条通知(Section 25 notice)を送達する必要があります。
通知を送るべきタイミング(5年リースの場合)
1954年法第25条(2)の規定により、通知で指定する終了日(Termination date)は、通知送達から6ヶ月以上12ヶ月以内でなければなりません。また、その終了日は契約上の期間満了日(Contractual end date)より早くすることはできません。
5. 交渉中の賃料はどうなる?:暫定賃料(Interim Rent)


古い契約が終わり、新しい契約条件が決まるまでの間(あるいは裁判で決着がつくまでの間)、賃料はどうなるのでしょうか? この期間については、大家またはテナントのどちらからでも裁判所に申請して暫定賃料(Interim rent)を決めてもらうことができます。
市場賃料をベースとしつつ、継続占有中である点を考慮して、結果的に市場賃料より低く設定されるケースが多い、というのが実務上の傾向です。
6. 大家が更新を拒絶できる7つの理由(Section 30)


テナント保護が厚いこの法律において、大家が契約更新を拒否できるのは、第30条(1)に定められた7つの理由(Grounds (a)〜(g))のいずれかを立証できた場合のみです。
これらは、裁判所の判断の余地がある裁量的理由(Discretionary grounds)と、条件を満たせば必ず認められる強制的理由(Mandatory grounds)に分類されます。
裁量的理由(テナントに落ち度がある場合など)
- (a) 修繕義務違反 (Failure to repair): 物件を荒廃させた場合など。
- (b) 度重なる賃料滞納 (Persistent rent arrears): 単なる遅れではなく、常習性が問われます。
- (c) その他の重大な義務違反: 使用目的の違反など。
- (e) 非経済的な転貸 (Uneconomic subletting): 物件を細切れに貸すより、全体として貸した方が利益が出る場合など。
強制的理由(大家の事情による場合)
- (d) 代替物件の提供: 大家がテナントのニーズを満たす適切な代わりの物件を用意できる場合。
- (f) 解体および再建 (Demolition and reconstruction): 最も争点になりやすい理由です。
- (g) 自己使用 (Owner occupation): 大家自身がそこで事業を行いたい場合(少なくとも5年間、その物件の権益を継続して保有していることが必要です。)。
注目の論点:Ground (f) 再開発の「意思」の証明
大家が「建物を壊して建て替えるから出て行ってくれ」と主張する場合(Ground f)、単なるアイデアや願望では認められません。 Cunliffe v Goodman 事件において、大家の意思は「熟考の領域(Zone of contemplation)」を抜け出し、「決定の谷(Valley of decision)」に達していなければならないとされました。
具体的には、裁判の時点で以下の準備が整っている必要があります。
- 計画許可(Planning permission)の取得
- 資金の確保
- 建築契約の締結
また、単に内装を変える程度では「再建」とは認められず、構造に関わる実質的な工事である必要があります(Joel v Swaddle 事件など)。
7. 立ち退き料と補償 (Compensation)


もし大家が、自身の都合(Grounds e, f, g)で更新を拒否し、それが認められた場合、テナントには落ち度がないため、妨害に対する補償(Disturbance compensation)を受け取る権利が発生します。
補償額は、物件の課税評価額(Rateable value)に基づいて計算されます。
- 1倍: 事業を行っていた期間が14年未満の場合
- 2倍: 事業を行っていた期間が14年以上の場合
なお、テナント自身が行った「改良工事」によって物件価値が上がっている場合も、別途その分の補償を請求できる可能性があります。
Landlord and Tenant Act 1954 まとめ
1954年地主と借家入法は、英国の商業不動産市場における安定性の基盤です。テナントにとっては事業継続の命綱であり、大家にとっては資産運用の柔軟性を左右するルールブックです。
- テナントの方: 契約更新の権利があるか、更新請求(S26)をいつ出すべきか、市場環境を見極めることが重要です。
- 大家の方: テナントに退去してもらいたい場合、どの法的理由(Grounds)を使うのか、その証拠(特に再開発の意思)は十分か、周到な準備が求められます。
この法律の仕組みを正しく理解し、適切なタイミングで通知や請求を行うことが、不動産戦略の成功への鍵となります。
この記事で理解できるポイントまとめ(チェックリスト)


ここまでの内容に基づいた四択クイズです。知識の定着にご活用ください。
Q1. 1954年法の保護を受けるための要件として、適切でないものはどれですか?
- A. 施設の賃貸借契約があること
- B. テナントによって占有されていること
- C. 賃貸借契約が公正証書で作成されていること
- D. 事業の目的で占有されていること
Q2. 以下のうち、判例により1954年法の「事業」として認められなかった活動はどれですか?
- A. 会員制テニスクラブ
- B. 個人が運営する日曜学校
- C. 郵便局
- D. 銀行
Q3. 大家とテナントが1954年法の借家権保障を適用しない(Contract out)ために必要な手続きはどれですか?
- A. 裁判所の許可を得る
- B. 契約書に赤字で記載する
- C. 大家が警告通知を出し、テナントが宣言書に署名する
- D. 弁護士の立ち合いのもと契約する
Q4. 大家が契約を終了させたい場合に出す通知はどれですか?
- A. Section 25 notice
- B. Section 26 request
- C. Section 27 notice
- D. Section 40 notice
Q5. 第25条通知(Section 25 notice)で指定できる契約終了日は、通知送達からどのくらいの期間が必要ですか?
- A. 1ヶ月〜3ヶ月
- B. 3ヶ月〜6ヶ月
- C. 6ヶ月〜12ヶ月
- D. 12ヶ月〜18ヶ月
Q6. テナントが契約満了日(Contractual termination date)に退去する場合の通知ルールについて、正しい説明はどれですか(Esselte事件に基づく)?
- A. 必ず3ヶ月前の通知が必要
- B. 必ず6ヶ月前の通知が必要
- C. 満了日に退去するなら通知は不要
- D. 大家の承諾書が必要
Q7. 継続賃貸借(Continuation tenancy)中に、裁判所に決めてもらうことができる賃料を何と呼びますか?
- A. Market rent(市場賃料)
- B. Interim rent(暫定賃料)
- C. Penal rent(ペナルティ賃料)
- D. Base rent(基本賃料)
Q8. 大家の反対理由(Grounds for opposition)のうち、裁判所の裁量がなく、要件を満たせば必ず認められる「強制的理由」に含まれるのはどれですか?
- A. Ground (a) 修繕義務違反
- B. Ground (b) 賃料滞納
- C. Ground (f) 解体および再建
- D. Ground (c) その他の義務違反
Q9. 大家が自己使用(Ground g)を理由に立ち退きを求める場合、その物件の権益を保有していなければならない期間は最低何年ですか?
- A. 1年
- B. 3年
- C. 5年
- D. 10年
Q10. テナントが14年以上その場所で事業を行っていた場合、立ち退きに伴う法定補償額(Disturbance compensation)はいくらになりますか?
- A. 課税評価額(Rateable value)の0.5倍
- B. 課税評価額(Rateable value)の1倍
- C. 課税評価額(Rateable value)の2倍
- D. 課税評価額(Rateable value)の3倍
クイズの解答
• Q1: C (公正証書要件についての記載はなく、要件はA, B, Dの3つ)
• Q2: B (Abernethie事件の判例)
• Q3: C (2003年以降、裁判所命令は不要)
• Q4: A
• Q5: C
• Q6: C
• Q7: B
• Q8: C (a, b, cは裁量的理由)
• Q9: C (5年ルール)
• Q10: C









