英国商業物件の正確な価値判断のために

商業不動産の世界において、物件の「サイズ」と「価値」は密接に関係しています。しかし、単に広ければ高いというわけではありません。一般的に、物件規模が大きくなればなるほど、単位面積あたりの単価は安くなる傾向にあります。たとえば、巨大な産業用施設は小さな作業場よりも平米単価が低くなりますし、奥行きのある店舗物件も、通りに面した間口部分に比べて奥のスペースの価値は低く見積もられます。
正確な市場分析、賃料査定、そして比較検討を行うためには、統一された基準で不動産を計測することが不可欠です。本記事では、英国の勅許鑑定士協会(RICS)が定める基準を中心に、商業不動産の計測手法について詳しく解説していきます。
イギリスの不動産計測の国際基準化とRICSの役割

長年にわたり、英国ではRICSが作成した「計測実務コード(Code of Measuring Practice)」が業界の標準として機能してきました。しかし、不動産市場のグローバル化に伴い、2015年にRICSは新たなプロフェッショナル・ステートメント「RICS Property Measurement」を導入しました。これは現在、第2版(2018年5月発効)となっており、世界的な一貫性を保つために作成されたものです。
この新基準は、国際不動産計測基準(IPMS)と強く結びついています。IPMSは世界中の80以上の専門団体が加盟する連合体によって策定されたもので、オフィス、住宅、産業用、小売用といった用途ごとの基準を経て、2023年にはすべての建物タイプを網羅する「IPMS All Buildings」へと統合されました。
英国の勅許鑑定士にとって、特にオフィスや住宅の計測においてIPMSの使用は原則義務化されています。商業物件のエージェントとしては、以下の2つのIPMS基準を理解しておく必要があります。
IPMS 1:建物の外部計測
IMPS1は建物の外壁の外周を計測するもので、建物全体またはその一部の面積を算出します。バルコニーやシェルターエリアなどは別途記載が必要です。この数値は主に、都市計画の申請や、保険評価における「再建築コスト」の計算に使用されます。従来の基準でいうGEA(後述)に近い概念です。
IPMS 2:建物の内部計測
IPMS2は建物の内部を計測し、スペースの用途を分類するためのものです。ここで重要な概念が「内部の支配的な面(Internal Dominant Face: IDF)」です。これは、床から2.75メートルの高さまでの垂直面のうち、50%以上を占める内側の仕上げ面までを計測するというルールです。IPMS 2は、主に物件のマーケティングや販売・賃貸活動における評価資料作成時に使用されます。
IPMSは「International Property Measurement Standards(国際不動産計測基準)」の略称です。
英国で依然として主流な3つの計測基準

IPMSという新しい国際基準が登場しましたが、実際の英国の商業不動産仲介の現場では、長年親しまれてきた古い用語や基準が依然として広く使われています。実務家として必ず押さえておくべきは、GEA、GIA、NIAの3つです。
Gross External Area(GEA)
GEAは、外壁の外側を計測した面積です。単純に建物の外寸(縦×横)と考えれば分かりやすいでしょう。これは建物の「フットプリント(建築面積)」そのものであり、主に建設コストの計算や、保険目的での再建築費用の算出に使われます。住宅用不動産の評価でもよく登場する指標です。
Gross Internal Area(GIA)
GIAは、外壁の内側にあるすべてのスペースを計測した面積です。ここには、内部の柱、耐力壁、トイレ、スタッフルーム、階段室などがすべて含まれます。つまり、「壁の内側にあるものはすべてカウントする」という考え方です。
この基準は、主に以下のタイプの物件評価や取引で使用されます。
- 産業用建物(工場など)
- 倉庫および小売倉庫
- デパート、スーパーマーケット
- レジャー施設
例えば、屋根を支えるための太い支柱が工場内部にあっても、その支柱が占める面積は差し引かれません。また、倉庫物件では床面積だけでなく、フォークリフトの運用や棚の設置に関わる「軒高(Eaves height)」も重要なスペックとして記載されます。
Net Internal Area(NIA)
NIAは、商業仲介において最も頻繁に耳にする基準かもしれません。これはGIAと同じく外壁の内側を計測しますが、そこから「使用できない、あるいは収益を生まないスペース」を控除(除外)したものです。
NIAの計算から除外される主な項目:
- スタッフ用トイレ(顧客用トイレは除く)
- 階段室およびリフトシャフト
- 内部の構造壁や支柱
- 廊下やエントランスホール(共用の場合)
- 天井高が1.5メートル未満のエリア
- クリーナー用倉庫や機械室
NIAは、一般的なオフィス、路面店(ショップ)、小規模なスーパーマーケット、そしてハイテクビルなどの評価や賃料計算に使用されます。テナントが実際に専有して有効活用できるスペースの広さを示すため、賃料単価(£ per sq ft / £ per sqm)を算出する際の分母となります。
ただし、例外もあります。例えば、古い住宅を改装してオフィスとして使用している場合、出窓部分や暖炉脇のくぼみ(アルコーブ)などは、NIAであっても床面積に含めて計算することがあります。
店舗物件特有の評価手法:ゾーニングとITZA(In Terms of Zone A)

オフィスや倉庫とは異なり、小売店舗(リテール)には独特の計測と評価の慣習があります。それが「ゾーニング(Zoning)」です。
ゾーニングの基本原理は、「店舗の価値は、通り(ウィンドウ)に近い部分ほど高い」という考えに基づいています。人通りの多い通りに面したショーウィンドウ付近は、集客や販売において最も重要なエリアであり、奥に行けば行くほどその価値は下がっていきます。したがって、単に全体の面積に単価を掛けるのではなく、深さに応じてランク分けをして評価を行います。
ゾーンの区分けと「ハービング・バック」
店舗は間口から平行に、一定の深さごとにゾーン分けされます。
- ゾーンA(Zone A): 通りに面した最初の区画。最も価値が高いエリアです。
- ゾーンB(Zone B): ゾーンAの奥に続く区画。価値はゾーンAの半分(1/2)とみなされます。
- ゾーンC(Zone C): ゾーンBのさらに奥。価値はゾーンBの半分、つまりゾーンAの4分の1(1/4)となります。
- 残り(Remainder): さらに奥がある場合、同様に価値を半減させていきます。
この「奥に行くごとに価値を半減させる」慣行を、業界用語で「ハービング・バック(Halving Back)」と呼びます。
ゾーンの深さはどれくらいか
ゾーンの深さは地域によって異なりますが、標準的な基準は6.1メートル(約20フィート)です。英国がメートル法に移行して久しいですが、不動産業界では依然として旧ヤード・ポンド法の名残で20フィート基準が広く使われています。ただし、場所によっては5メートルや7メートルを採用しているケースもあるため、比較対象となる物件や地域の慣習を他の評価人と確認し合うことが重要です。
ゾーンA換算(ITZA)とは
店舗の賃料を比較・算定する際に用いられる共通単位が「ITZA(In Terms of Zone A)」です。これは、店舗全体の面積を、最も価値の高いゾーンAの面積に換算すると何平米分になるかを示す数値です。
計算方法は以下の通りです。
- ゾーンAの面積:そのまま100%で計算
- ゾーンBの面積:実面積 ÷ 2
- ゾーンCの面積:実面積 ÷ 4
これらを合計した数値が、その店舗のITZA面積となります。
計算例: 間口6m、奥行き14mの店舗の場合(ゾーン深度6.1mとする)
- Zone A: 6m × 6.1m = 36.6㎡ (ITZA換算: 36.6㎡)
- Zone B: 6m × 6.1m = 36.6㎡ (ITZA換算: 36.6 ÷ 2 = 18.3㎡)
- Zone C: 6m × 1.8m(残り)= 10.8㎡ (ITZA換算: 10.8 ÷ 4 = 2.7㎡)
合計ITZA面積 = 57.6㎡
もし、このエリアの相場賃料が「£350 per ITZA」であれば、この店舗の適正な年間賃料は、57.6㎡ × £350 = £20,160 と算出できます。
ゾーニングの応用と調整
基本的なゾーニングに加え、物件の特性に応じた調整も行われます。
• 角地(Return Frontage): 交差点の角にある店舗のように、側面にもウィンドウがある場合、視認性が高まるため価値が上がります。これを反映させるため、ゾーンAの面積を増やしたり、賃料単価を上げたりする調整が行われます。
• 不整形な形状: 間口は狭いが内部で広がっているような「隠れた」スペースがある場合、その部分の評価は下方修正されることがあります。
• 上層階や地下: 1階(Ground Floor)以外のフロアが売り場として使われる場合、アクセス性に応じてゾーンAの10分の1(A/10)や20分の1(A/20)といった割合で評価されます。
• 間口と奥行きのバランス: 間口が極端に広く奥行きが浅い店舗の場合、すべてがゾーンAになってしまい割高な評価になることがあります。これを補正するため、「間口対奥行き(Frontage to Depth: FTD)比率」に基づく割引が適用されることがあります。
まとめ:正確な計測が信頼を生む

英国の商業不動産において、計測は単なる数字合わせではありません。それは大家とテナントの間の信頼関係の基礎であり、適正な取引価格を決定するための「共通言語」です。
オフィスやショップにはNIA、倉庫にはGIA、そして店舗賃料の分析にはITZAというように、物件タイプに応じた適切な基準を使い分ける知識がエージェントには求められます。また、「消費者保護法」の観点からも、誤った計測データを提供することは法的リスクを伴います。正確な計測と、その数値が何を意味するのか(何が含まれ、何が除外されているのか)を明確に理解し説明できることが、プロフェッショナルとしての責務と言えるでしょう。
英国商業不動産計測クイズ

上記の内容に基づき、理解度を確認するための4択クイズを作成しました。
Q1. 一般的な商業不動産において、物件サイズと単位面積あたりの価値(単価)の関係として正しい記述はどれですか?
- A. サイズに関わらず単価は一定である
- B. サイズが小さいほど、単位面積あたりの単価は安くなる
- C. サイズが大きいほど、単位面積あたりの単価は安くなる傾向がある
- D. サイズが大きいほど、単位面積あたりの単価は指数関数的に高くなる
Q2. 2015年に導入され、従来の「計測実務コード」に代わってRICSメンバーにとっての新たな基準となったものは何ですか?
- A. RICS Property Measurement Professional Statement
- B. The Zoning Act of 2015
- C. UK Building Regulations Part M
- D. The Global Valuation Standard
Q3. 国際不動産計測基準(IPMS 1)は、主にどのような目的で使用されますか?
- A. テナントの募集賃料の算出
- B. 内部空間のマーケティング評価
- C. 都市計画や保険評価(再建築コスト)の計算
- D. 店舗のゾーニング計算
Q4. 「グロス・エクスターナル・エリア(GEA)」の説明として正しいものはどれですか?
- A. 外壁の内側にあるすべての利用可能なスペース
- B. 外壁の外周で計測された、建物のフットプリント(建築面積)
- C. 柱やトイレを除外した純粋な有効面積
- D. ゾーンA換算された店舗面積
Q5. 「グロス・インターナル・エリア(GIA)」は、主にどのタイプの物件の評価に使用されますか?
- A. 小規模なオフィススイート
- B. 路面店(ショップ)
- C. 産業用建物や倉庫
- D. 住宅の寝室
Q6. 「ネット・インターナル・エリア(NIA)」を計算する際、除外(控除)される項目に含まれるものはどれですか?
- A. 顧客用トイレ
- B. メインの執務スペース
- C. スタッフ用トイレおよび階段室
- D. 役員室
Q7. 英国の店舗ゾーニングにおいて、標準的とされるゾーンの深さは何メートルですか?
- A. 3.5メートル
- B. 5.0メートル
- C. 6.1メートル(20フィート)
- D. 10.0メートル
Q8. ゾーニングにおける「ハービング・バック」の原則に基づくと、ゾーンBの価値はゾーンAのどれくらいと仮定されますか?
- A. 同等の価値
- B. 75%の価値
- C. 50%(半分)の価値
- D. 25%(4分の1)の価値
Q9. 店舗の地下や上層階が倉庫として利用される場合、その価値は通常どのように評価されますか?
- A. ゾーンAと同じ単価で評価される
- B. ゾーンBと同じ単価で評価される
- C. ゾーンAの数分の一(例:A/10やA/20)として低く評価される
- D. 価値がないものとして計算から除外される
Q10. 「ITZA」という用語は何の略ですか?
- A. Internal Total Zoning Area
- B. In Terms of Zone A
- C. International Trade Zone Agreement
- D. Inner Terrace Zoning Assessment
クイズの解答
Q1: C Q2: A Q3: C Q4: B Q5: C Q6: C Q7: C Q8: C Q9: C Q10: B

