英国商業不動産ガイド 6 【保存版】リースの更新手続きガイド

英国商業不動産 契約の更新
あやか

ロンドンで経営しているレストランの賃貸契約の更新の条件が大家さんと合意しないかもしれません。どうしたらいいですか。

イギリスで商業用不動産を扱っていると、必ず直面するのがリースの更新問題です。多くの場合は大家とテナントの間で穏便に話し合いが進み、新しい契約条件が決まっていきます。しかし、ビジネスの世界では利害が対立することも珍しくありません。もし当事者同士で話がまとまらなかった場合、その契約はどうなってしまうのでしょうか。

ここでは、英国の商業不動産実務において極めて重要な法律である1954年家主とテナント法に基づき、交渉が決裂した際の法的手続きについて深掘りしていきます。裁判所がどのように介入し、新しい契約条件を決定するのか、そのメカニズムを理解することは、大家にとってもテナントにとっても必須の知識と言えるでしょう。

目次

交渉から裁判へ:プロセスの全体像

オーナーが更新のメモランダムを読んでいる。
オーナーが更新のメモランダムを読んでいる。

通常、リースの更新時期が近づくと、大家からはセクション25通知と呼ばれる書類が、あるいはテナントからはセクション26リクエストと呼ばれる書類が出され、更新手続きがスタートします。理想的なのは、この段階で双方が新しい賃料や期間について合意することです。しかし、条件面で折り合いがつかない場合は、最終的に裁判所の判断を仰ぐことになります。

裁判所が決定を下す権限を持っているのは、主に以下の4つの項目です。

  1. 新しい契約に含まれる物件の範囲
  2. 契約期間
  3. 新しい賃料
  4. その他の契約条件

これらはセクション32から35によって規定されており、それぞれに明確なルールと過去の判例が存在します。それでは、一つずつ詳しく見ていきましょう。

1. 物件の使用範囲はどう決まるのか

新しいリース契約で対象となる物件は、基本的には現在借りている物件と同じ範囲になります。これを専門用語ではホールディングと呼びますが、更新時も変更がないのが通常です。ただし、例外も存在します。

例えば、テナントが物件の一部だけで事業を継続することを望み、それが物理的・経済的に分割可能な場合です。また、大家が物件の再開発を計画しており、その工事のためにテナントの占有部分の一部が必要になるようなケースでは、裁判所はテナントが受け入れる部分に限定して新しいリースを認めることがあります。

さらに、元の物件の一部が転貸、つまり又貸しされている場合も注意が必要です。又貸しされている部分にまだその転借人が入居している場合、大家はその転借人と直接契約を結ぶことを選ぶかもしれませんし、あるいは現在のテナントに対して、又貸し部分も含めた全体で契約するよう主張する場合もあります。もちろん、看板を出す権利などの付随する権利も、基本的には引き継がれることになります。

2. 契約期間の決定と柔軟性

次に契約期間ですが、当事者間で合意がない場合、裁判所は最大で15年までの期間を命じることができます。基本的には古いリース契約と同じ期間になることが多いですが、裁判所には広い裁量権が与えられており、合理性という基準の中で柔軟に決定されます。

ここで重要になるのが、大家の将来の計画です。もし大家が建物の取り壊しや再建、あるいは自分自身での使用を計画している場合、裁判所は現実的な判断を下します。たとえ今すぐには立ち退きの要件を満たしていなくても、近い将来その可能性があるならば、テナントが次の移転先を見つけるまでの短期間のリースにしたり、長期契約の中に大家が契約を解除できるブレイク条項を盛り込んだりするのです。

過去の判例を見ても、大家の資産管理上の利益やテナントの事業状況、建物の老朽化具合、そして市場の動向などが考慮され、期間が決定されていることがわかります。

3. 最も重要な「賃料」の決め方

更新交渉で最も揉めるのが賃料です。裁判所が新しい賃料を決める場合、その基準となるのはオープンマーケットレント、つまり公開市場での適正価格です。賃貸する意思のある大家が、適切な条件の下で貸し出した場合に期待できる金額として算出されます。

公開市場とは、単なる言葉のあやではありません。そこには、十分な数の大家とテナントが存在し、比較検討ができること、双方が対等な立場で交渉する十分な時間があること、そして物件が市場に広く公開されていることといった条件が含まれます。特定の事情を持つテナントだけが高い賃料を払うような特殊なケースは排除して考えなければなりません。

ここからが非常に重要なポイントですが、新しい賃料を計算する際、法律は特定の要素を無視しなければならないと定めています。これをディスリガードと呼びます。

まず、テナントが現在入居しているという事実は無視されます。物件は空室状態で引き渡されるという前提で評価されるため、すでに入居しているからといって賃料が安くなるわけではありません。

次に、テナントが長年その場所でビジネスを行い築き上げたのれん、いわゆる暖簾の価値も無視されます。その場所が人気なのはテナントの努力の結果であり、その価値に対してテナント自身が追加の家賃を払わされるのは不公平だからです。

そして、テナントが行った物件の改良工事による価値の増加も無視されます。テナントが自分のお金で内装を良くして物件価値が上がったのに、そのせいで家賃まで上げられてしまっては、テナントは二重に支払うことになってしまいます。法律は、こうした不合理からテナントを守るために、過去21年以内に行われた自主的な改良については、賃料査定の際に考慮しないように定めているのです。

4. その他の契約条件と「O’May事件の原則」

賃料以外の条件、例えば修理義務やサービスチャージの負担割合などはどうなるのでしょうか。セクション35の解釈として確立されている重要な原則があります。それは、正当な理由がない限り、新しい契約条件は古い契約条件と同じであるべきだという強力な推定です。

有名なO’May事件という判例があります。このケースでは、大家側が賃料を少し下げる代わりに、建物の修理義務をサービスチャージとしてテナントに負担させようとしました。しかし裁判所はこれを認めませんでした。大家が条件を変更したい場合、それが合理的であるという正当な理由を示さなければならず、単に大家にとって有利になるというだけでは認められないのです。

同様に、テナントが事業譲渡する際に常に保証契約を結ぶよう強制するような条項や、大家が高い賃料を取るためだけに物件の使用目的の制限を緩めるような変更も、過去の裁判で却下されています。裁判所は、正当な理由なしにテナントの負担が増えるような変更を一般的に認めません。

実際には、契約時に「1954年法の適用除外(Contracting out)」の手続きを行っているケースが非常に多いです。まず自分の契約が1954年法の保護対象(Inside the Act)かどうかを確認することが大事です。

裁判所の決定が出た後の選択

テナント側の勝訴が出て、不満な家主。裁判所前で。
テナント側の勝訴が出て、不満な家主。裁判所前で。

さて、裁判所がすべての条件を決定し命令を出したとします。しかし、テナントはその条件を絶対に受け入れなければならないわけではありません。セクション36(2)はテナントに最後の選択権を与えています。

もし裁判所が決めた条件、例えば賃料が高すぎたり期間が合わなかったりした場合、テナントは命令が出てから14日以内に裁判所に申し立てを行うことで、その命令を取り消すことができます。つまり、条件が気に入らなければ契約せずに退去する道が残されているのです。これを取り消しまたはリボケーションと呼びます。

テナントが取り消しを選択した場合、大家が次のテナントを見つけるための合理的な期間だけ現在の占有を続け、その後退去することになります。逆に、取り消しを行わなければ、大家は契約を提供する義務を負い、テナントはその条件で契約を結ぶ法的義務を負います。

裁判以外の解決策:PACT

ここまで裁判所の手続きを見てきましたが、裁判はお金も時間もかかります。そこで、裁判所に代わる手段としてPACTという仕組みも用意されています。これは専門家による仲裁制度で、王立チャータード・サベイヤーズ協会と法曹協会が運営しています。

PACTを利用すれば、不動産鑑定士や弁護士といった専門家が第三者として賃料や契約条件を決定してくれます。柔軟性が高く、どの項目を専門家に任せるかを当事者が選べるのが特徴です。しかし、現実にはこのPACTがあまり頻繁には利用されていないという点も覚えておく必要があるでしょう。

PACT(Professional Arbitration on Court Terms)

裁判所条件による専門家仲裁と呼ばれるスキームで、商業用賃貸借契約の更新において、裁判所の審理に代わる手段として利用される制度です。

イギリス商業不動産のリース更新 まとめ

契約更新の内容を読んでいる総務部の男性
契約更新の内容を読んでいる総務部の男性

イギリスの商業物件リースの更新プロセスは、一見複雑に見えますが、その根底には公平性の原則が流れています。1954年法は、大家の権利を守りつつも、テナントが自身の努力で築いた価値に対して不当な賃料を請求されたり、理由なく不利な条件を押し付けられたりしないよう、巧妙に設計されています。

英国不動産投資や事業展開において、この法定プロセスの知識は、予期せぬトラブルを避け、安定したビジネスを継続するための礎となるはずです。

イギリス商業不動産のリース更新 理解度チェック(全10問)

クイズをしている3人

記事の内容に基づいた4択クイズです。正しいと思うものを1つ選んでください。解答は下にあります。

Q1. 商業リースの更新交渉が決裂した場合、最終的に条件を決定する権限を持つのはどこですか?

  • A. 地方自治体
  • B. 英国王室
  • C. 裁判所
  • D. 不動産仲介業者

Q2. 1954年法に基づき、裁判所が命じることができる新しいリースの最大期間は何年ですか?

  • A. 10年
  • B. 15年
  • C. 21年
  • D. 99年

Q3. 大家が再開発のために物件の一部を必要とする場合、裁判所はどのような判断を下す可能性がありますか?

  • A. 必ずリース全体の更新を拒否する
  • B. テナントが希望する部分のみの新しいリースを認めることがある
  • C. 大家の計画に関わらず常に現状維持を命じる
  • D. テナントに物件の購入を命令する

Q4. 新しい賃料を決定する際、基準となる価格は何ですか?

  • A. 前回の契約時の賃料
  • B. 大家の希望価格
  • C. 公開市場における適正価格(オープンマーケットレント)
  • D. テナントの売上高に基づく歩合賃料

Q5. 賃料査定の際、テナントが行った自主的な改良工事による価値の増加はどう扱われますか?

  • A. 賃料に上乗せして評価される
  • B. 完全に無視して評価される
  • C. 大家と折半して評価される
  • D. 工事費用分だけ賃料から差し引かれる

Q6. テナントがその場所で事業を継続したことによって生じたのれん(暖簾)の価値は、賃料査定においてどう扱われますか?

  • A. 賃料を上げる要素として考慮される
  • B. 賃料を下げる要素として考慮される
  • C. 無視される(賃料には反映させない)
  • D. 大家への礼金として支払われる

Q7. O’May事件の判例が示す、契約条件の変更に関する原則とは何ですか?

  • A. 大家は自由に条件を変更できる
  • B. テナントは自由に条件を変更できる
  • C. 正当な理由がない限り、条件は古い契約と同じであるべきという推定が働く
  • D. 契約更新時は必ず全ての条件をゼロから作り直さなければならない

Q8. 裁判所が新しいリースの命令を出した後、テナントがその条件に不満がある場合にとれる行動はどれですか?

  • A. 条件を無視して居座る
  • B. 裁判所の命令を取り消すよう申請し、退去を選択する
  • C. 大家を強制的に変更する
  • D. 賃料を自分で決めて支払う

Q9. 裁判所の命令を取り消す(リボケーション)申請ができる期間は、命令が出てから何日以内ですか?

  • A. 7日以内
  • B. 14日以内
  • C. 30日以内
  • D. 6ヶ月以内

Q10. 裁判所の代わりに専門家が条件を決定する「PACT」という制度について正しい記述はどれですか?

  • A. 非常に頻繁に利用されている
  • B. 大家とテナントの合意がなくても強制的に適用される
  • C. 裁判所手続きの代替手段だが、実際にはあまり利用されていない
  • D. 住宅用不動産のみに適用される制度である

クイズの解答

Q1: C Q2: B Q3: B Q4: C Q5: B Q6: C Q7: C Q8: B Q9: B Q10: C

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この記事を書いた人

西島伸一朗のアバター 西島伸一朗 代表 / ディレクター

JTECのディレクターであり創業者。
2007年にロンドンへ移住。アクトンの日系不動産仲介を皮切りに、ノッティングヒルやフィンチェリー、さらにイーリングといった地域で豊富な賃貸仲介経験を積み、独立。Level 3 Certificate in Letting and Managing Residential PropertyとLevel 3 Award in The Sale of Residential Propertyと取得済。
趣味はバドミントン。グーナーであり、Saunaguildの運営者。

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