南ロンドン・クロイドンに建つ高級タワーマンション「The Fold」。かつては洗練されたデザインでロンドン再開発の象徴とされた物件だ。しかしながら、BBCによると、いまや防火構造の欠陥や水漏れなどが次々と発覚し、全入居者に退去命令が出される異例の事態となっている模様。「新築=安全」という英国不動産の常識が揺るがされている。
この記事では、英国不動産業界15年以上の筆者が、高級タワーマンション「The Fold」問題を通じて、英国不動産の「新築神話」崩壊について解説する。
住所:44 Park Ln, Croydon CR0 1GZ
大手金融企業Legal & Generalの名に傷

この建物「The Fold」全体を所有しているのは、英国不動産の大手金融グループ「Legal & General(リーガル・アンド・ジェネラル)」だ。1836年創業の老舗で、生命保険や年金、投資、不動産開発を手掛ける巨大企業だ。ロンドン証券取引所に上場し、英国を代表する金融ブランドの一つでもある。
「The Fold」では、全世帯のオーナーがLegal & Generalだ。賃貸専用、つまりは「Build to Rent(BTR)=賃貸専用開発」という事業モデルで運営している。
そんな名門企業が所有する建物で欠陥が見つかったのだから、英国社会には衝撃が走った。
南ロンドン・クロイドン「The Fold」は、BTR(Build to Rent 賃貸専用開発)スキームを通じた長期的な投資収益を見込んだ高級住宅として建てられた。しかし、完成からわずか数年で、防火壁や配管構造に重大な問題が見つかり、修繕のためには「全員退去」しかないという結論に至ったのだ。
BTR(Build to Rent)は、分譲ではなく「最初から賃貸専用として開発する住宅スキーム」を指します。建物は企業や年金基金などが一括所有し、入居者はその法人と直接AST契約を結びます。区分所有がないため管理が統一され、ジムやラウンジなど付帯設備が充実しやすい点が特徴です。ロンドンなど地価の高い都市部で高層建物として整備されることが多く、長期的な家賃収益を見込む投資手法として英国で急成長しています。
Legal & Generalは入居者に対し、家賃4カ月分の返金とデポジット全額返還、さらに代替住居を案内すると発表したが、多くの住民は「十分ではない」と不満を口にしている。中には「安全が保証されていない建物に高い家賃を払い続けた」として、損害賠償を求める動きもある。
「The Fold」を建造したデベロッパーは破綻、責任は誰に?

この事件をさらに複雑にしているのは、建設を担当したデベロッパー「Henry Construction」がすでに倒産していることだ。つまり、実際に建物を建てた会社への責任を問うことが難しい。英国不動産ではこのようなケースが少なくなく、デベロッパーが破綻すると、修繕費や補償の負担がオーナーや入居者にしわ寄せされる。
Legal & Generalは「所有者」として建物の修理を進めているが、「返金義務」はない。つまり、投資家や小規模オーナーは、建物の空室期間や資産価値の下落といった間接的損失を自分で抱え込むことになる。
また、英国不動産の住宅市場では、設計・施工・管理を別々の会社が担当する。だから、問題が起きたときに「誰が責任を取るのか」が非常に分かりにくい。南ロンドン・クロイドンの「The Fold」のケースは、そうした制度の弱点を象徴している。
「新築=安全」という思い込み

日本では「新築はきれいで安心」というイメージが強い。だが、英国不動産では必ずしもそうではない。ここ10年ほど、ロンドンを中心に新築マンションの欠陥が社会問題化している。理由の一つは、投資家や大手ファンドが短期的な利益を優先し、建設コストを抑えた結果、品質管理が後回しになっているからだ。
南ロンドン・クロイドン「The Fold」のような物件は、外観も内装も美しいが、建物の中身に不具合が潜んでいることがある。入居者は高額な家賃を支払っていても、壁の裏でカビが広がり、雨の日には天井から水が垂れるといったケースも珍しくない。英国では「古い建物ほど信頼できる」という言葉があるが、それは決して冗談ではない。100年以上経った建物がいまも価値を保つのは、きちんとした施工と修繕が続けられているからだ。
L&Gの株価と企業の信頼

こうした騒動にもかかわらず、Legal & Generalの株価は意外にも安定している。2025年11月時点で1株およそ244ペンスで推移しており、過去1年で7%前後上昇している。高配当銘柄としても人気があり、配当利回りは約9%とかなり高い。
ただし、金融アナリストの中には「成長性は鈍化している」との見方もある。特に不動産投資部門は、こうした欠陥建物の対応や安全基準の強化でコストがかさみ、今後の収益性に影響を与える可能性がある。
つまり、L&Gは英国経済の柱である一方、その事業モデルが「安全な住まいを提供する」という理想と衝突している。金融の論理で動く企業が、居住者の安心や街の持続性をどこまで守れるのか。その問いが今、英国不動産社会全体に突き付けられている。
外国人が英国で不動産を買うときに注意すべきこと

南ロンドン・クロイドン「The Fold」の事件は、日本人を含む外国人投資家にとっても他人事ではない。ポンド安や高い利回りを理由に英国の不動産を買う人は増えているが、現地の法制度や契約文化を理解せずに購入すると、思わぬトラブルに巻き込まれる。
英国不動産では、購入後に欠陥が見つかっても保証期間(通常10年)が切れていれば補償を受けられない。さらに、デベロッパーが倒産している場合、訴訟を起こしても費用倒れになる可能性が高い。賃貸物件を借りる場合も、オーナーが理由を示さず契約更新を拒否できる制度があり、日本のような「長く住めば安心」という考えは通用しない。
だからこそ、物件を選ぶときは「誰が建てたのか」「どの会社が管理しているのか」「修繕の履歴はあるか」を必ず確認すべきだ。見た目の新しさやブランドよりも、施工の信頼性や管理体制を重視する姿勢が大切になる。
ひっくり返せば、「キャピタルゲインが見込める」とか、「利回りが何%ある」とか、簡単に不動産屋のキャッチには乗らないこと。デベロッパーの実績を調べることをお勧めする。
金融が街を作る時代の矛盾

Legal & Generalのような大企業は、年金や保険の資金を都市開発に投資し、「金融が街を再生する」と宣伝している。実際、彼らがいなければ昨今目覚ましいロンドンの再開発やマンチェスターの地価上昇は進まなかっただろう。しかし、金融の論理で動く開発は、どうしても数字上の効率を優先してしまう。その結果、建物が完成しても住民の安全や快適さが後回しになることがある。
インフレが起きれば、キャッシュの価値がなくなる。借金しても、今年の100ポンドは来年には価値がなくなるだろう。その理屈は理解できるが、不動産は本来、金融の道具ではない。不動産とは、住人が快適に何十年も住むためのものだ。
今回の南ロンドン・クロイドンの「The Fold」の問題は、まさにその矛盾を突きつけている。立派なタワーが完成し、投資家が期待を膨らませる一方で、実際に暮らす人たちは水漏れに悩まされ、やがて退去を迫られる。これほど皮肉な話はないだろう。
終わりに ― 「安心」は見た目では測れない

南ロンドン・クロイドン「The Fold」事件は、英国不動産の住宅市場に潜む根本的なリスクを明らかにした。
それは「見た目の新しさやブランドでは安心は買えない」ということだ。日本人が英国の物件を購入・賃貸する際には、まず「透明性」を重視するべきだ。施工会社、保証制度、修繕履歴、管理体制等それらを確認せずに契約するのは、海の見えない場所で泳ぐようなものだ。
英国の不動産は確かに魅力的だ。文化も歴史もあり、築古の建物でさえ価値を保ち続けている。しかし、今回の事件が示すように、新築だから安心、ブランド企業だから安全とは限らない。金融と建築が交差するこの国では、見た目の豪華さよりも、不動産ビジネスそのものの誠実さを見抜くことが求められている。
参考
- BBC News(2025年11月)Residents forced out of newbuild seek more support
- Yahoo Finance UK(LGEN株価データ)




